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「先程のお話しの通り、信光様が上手く事を運んで下されば、こちらも多くの手勢を失うことなく清洲の城を奪う事が叶いまする」
「ん─」
「しかしながら気にかかるのは、坂井殿がどれ程のご信頼の上で、信光殿に此度の話を持ちかけられたのかという点です」
「と言うと?」
「これまで信光様が殿のお味方となってきた事実は、清洲の方々とてよう存じておられましょう。
とすれば、坂井殿が信光様を誘うた旨を殿に密告する可能性がある事くらい、容易に考え付いたはず」
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「今のまま、信光様が清洲の側に付いた振りを致したとしても、完全にその警戒を解くことは出来ますまい。
油断した隙を突くというのであれば、決して裏切りには及ばぬという、もっと確かな証立てを致さねばなりませぬ」
「具体的に言うと、どのような事をすれば良いと?」
信長に問われ、濃姫は暫し考えを巡らせると
「私ならば、いつものように父上様から賜りましたこの刀を差し出すところですが──」
と微笑って帯の間に挿してある短刀に触れた後
「なれど信光様でしたら、そうでございますね、…ご自身そのものを差し出してみるというのは如何にございましょう?」
夫の顔色を伺いながら、濃姫は閃くままに一案を提示した。
信長は思わず眉を八の字にし、小首を傾げる。
「意味がよう分からぬ。 叔父上そのものとはどういう意味だ? 命を差し出せという事か?」
「いえ、何もそこまでは…。言葉足らずで申し訳ございませぬ。私はただ、信光様のご決意や忠誠心を清洲の方々に示してみてはと思うただけです」
「益々意味が分からぬ。もっと分かりやすく申せ」
「ですから、清洲を決して裏切りは致さぬという、二心のない旨を書き綴った書面を坂井殿にお送り申すのでございます」
「つまりそちは、叔父上に起請文(きしょうもん)を書けと、そう申しておるのか?」
「左様にございます。我が父・道三ならば、それくらいの事は致しまする」
姫の発言を聞き、信長は難しい顔をして今一度考え込んだ。
しかし“それも一理ある”と思ったのか、彼はものの数秒で「うむ」と重々しげに首肯すると
「相分かった。一先ずその旨は叔父上に申し上げてみよう」
姫の一案に前向きな姿勢を見せた。
「なれど、偽りの起請文か……。左様な物を実の叔父に書かせて、神仏の怒りを買わねば良いがのう」
「まぁ、神仏を恐れる殿ではございますまい」
浅く息を吐(つ)く信長に、濃姫は朗らかな微笑を向けるのだった。
『 万事、大膳殿の望む通りに── 』
この言葉と共に、信光が起請文を坂井大膳の元へ書き送ったのは、年号が「弘治」へと改まる翌天文二十四年(1555)。
信長二十二歳、濃姫は二十一歳となる、その年の春のことであった。
信長との計画通り、二心のない旨を誓約書という形で示した信光は、同年四月十九日に清洲城の南の櫓(やぐら)へと入った。
大膳の信頼を得、また信長と通じている事実を悟られていない事を確信した信光は
『 愚かな小守護代めが。鳥の巣の中に、黒蛇の卵が紛れ込んだことにも気付かぬとは… 』