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「……あんの、鬼!いきなりお腹詰めるとこを見せるなんて!ウチが文句言うたる!」
事情を話すなり、いきり立って出ていこうとするマサの袖を桜花が引いた。何度も首を横に振って引き止める。
「何でやの、桜花はん。あんたはんは、この八木が預かったんえ。そないな扱いされて黙っとられへんわ」
「私が、ぼんやりしているから悪かったんです。あの人たちは私のことを一人の男として見ている。だから、度胸を付けろと……」
本当にごめんなさい、頭髮稀疏 と桜花は頭を下げた。ただただ今は頭の中がいっぱいで何も考えることが出来なかった。
「おマサさん、お願いです。少しだけ一人になる時間を貰えませんか……」
「……何や、桜花はんの周りは難しいことばかりやなぁ。そんなんじゃ頭いっぱいになってまうわ」
マサはふっと笑うと桜花の手を取る。
「……な、桜花はん。お使い行ってくれへん?勇之助がな、いのり屋の団子を食べたいって言うとったんや。旦那様、ウチ、為三郎、勇之助、そして桜花はん。五人分買うてきて?五条大橋の近くに、緑の旗が立っとるから直ぐに分かるわ。……冷めた方が美味しいから、ついでに散歩でもしておいで。ただし、夕餉までに帰ってきぃな」
小銭を持たせると、背を押した。つまり、一人になれる時間を与えてくれたのである。
桜花は深く頭を下げると、家を出た。すると、裏庭の方からバシャリと水が打たれる音が聞こえてくることに気付く。
恐る恐るそちらを覗いた。
すると、そこには井戸の前で襦袢一枚で頭から水を浴びる沖田の姿があった。何処か物憂げであり、到底近寄れるような雰囲気では無い。
桜花はそっとその場を離れると、街へ向かった。
春の訪れを感じさせる風を受けながら、桜花は街へ出る。一人で出歩くことへの罪悪感が無かった訳では無いが、今は土方へ配慮する気にはならなかった。
五条大橋の近くで棚引く緑の旗を出す店、いのり屋にて団子を注文してから、鴨川沿いをぼんやりと歩く。だがそこは人通りが多く、何度もぶつかりそうになった。その上、奥に巡察中と思わしき浅葱の隊服を見付けたため、逃げるように人の少ない方へ向かう。
すると、見た事のある古びた寺が視界に入った。
「ここは…………」
ずれた石段に、ところどころ崩れた瓦屋根。以前吉田と駆け込んだところだと直ぐに理解する。そしてその時の穏やかな心地を思い出し、そこへ足を踏み入れた。
風に吹かれ、青々とした木々が揺れる。本殿の裏へ回り込み、前と同様に凭れかかるように座った。太陽はに隠されている。
人混みの喧騒も、目を背けたくなるような現実も、そこには無い。あるのは静寂だった。
桜花は伸ばした膝を立てて、抱えるように座り直す。そこに顔を埋めた。
──いくら私のことが気に入らないからって、あんな嫌がらせをしなくても良いのに。
脳裏に浮かぶのは眼前に飛ぶ赤黒い血飛沫。
「…………もうやだ、帰りたい」
──でもどうやって?こうしている間もどんどん忘れていくのに。知らない間に何もかも忘れて、いつか未来に生きていたことすら分からなくなっちゃうんだ。
「私が、何をしたっていうの…………」
神仏と崇められる存在を今まで何度恨んできたことか。人間は平等だと誰かは言ったが、そうは思わない。平等ならば、こうはならない筈なのだ。
必死に一人で生きてきたというのに、その術すら奪われるなんて、生そのものを否定されているような気分になる。
血腥いから逃げ出したかった。
──誰でもいいから、ここから連れ出して。
そう強く思った時、左胸の痣がずしんと重く感じる。それと同時に、人が近付いてくる気配がした。
すん、と鼻を一つ啜り息を潜める。